名古屋地方裁判所 昭和29年(ワ)1302号 判決 1956年4月06日
原告 福井丹蔵
被告 林鐘 外一名
主文
被告林鐘は原告に対し金五万壱千参百弐拾壱円二拾銭及びこれに対する昭和二十九年七月二日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求は棄却する。
訴訟費用は原告と被告会社との間においては原告の負担とし、原告と被告林鐘の間においては之を九分してその八を原告の負担とし、その一を被告林鐘の負担とする。
本判決は、原告において金弐万円の担保を供するときは、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は「被告等は各自原告に対し金四拾五万六千六百六円及びこれに対する本件訴状送達の翌日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求める旨申立てその請求原因として、
一、訴外亡福井栄(昭和二年三月三十日生)は原告の長男である。
二、被告林鐘は被告会社に傭われ事務員に兼ねて自動三輪車の運転を業務としていたが昭和二十八年八月十三日午後十一時頃右栄を愛第六―四九二四〇号自動三輪車に同乗せしめ、名古屋市中村区広小路通りを柳橋方面より笹島交叉点に向い時速三十キロの速度で進行していた。
三、およそ運転者として業務に従事する際には正常な運転ができないおそれのある場合には運転を避けなければならない業務上の注意義務がある。然るに被告林はこの注意義務を怠つて飲酒酩酊していた。そのため同被告は同日午後十一時二十分頃、同市同区広小路西通り二丁目二十四番地先において運転を誤り、車体を歩道に衝突せしめ、同乗していた訴外栄をその場に転落せしめ、因つて同人をして同日午後十一時四十分頃同市同区針屋町三丁目三番地江口病院において頭蓋骨折のため死亡するに至らしめた。
四、右の事故は被告林の過失によつて生じたものであり、且同被告は右当時被告会社のため運転していたもので被告会社の事業の執行に従事していたのであるから、被告会社も又原告の蒙つた損害を賠償する義務がある。
仮に本件事故が被告会社の事業執行中に起つたものでないにしても、被告林は被告会社の運転手であり、運転手たる者は自動三輪車を会社の業務のみに使用すべきものであつて私用に供するには被告会社の承諾を得べきものである。被告会社としても被告林が無断で本件自動三輪車を運転することを厳に防止すべく監督しなければならない義務がある。殊に被告会社は工員十五名位の小会社であるからかかる監督を容易になし得たものであり、漫然と被告林の私用のための運転を黙認したとすれば、監督は極めて不充分であつたと云うべきで、右の如き不注意は民法第七百十五条の立法精神に照し、被告会社に本件事故についての損害賠償を負担せしめるものである。
五、本件事故により原告が蒙つた損害は、次の通りである。
(イ) 精神上の苦痛として金参拾万円
訴外栄は昭和二十三年三月二十七日名古屋市立工芸高等学校を優秀な成績で卒業し、原告が社長である訴外福井建設株式会社の取締役として活躍して居たのであり、前途洋々たるものがあつた。
原告は栄の将来を唯一の希望としていたのであつて、外に二男三女があるが栄は最も信頼し得る人物であつたのである。
よつて本件事故のため原告が蒙つた精神上の損害は右金額が相当と算定すべきである。
(ロ) 葬式費用等として金拾五万六千六百六円
内訳
二万五千九百円 葬式費用
五万六千円 仏檀
五千四百円 米代
六千九百六十円 自動車賃
四千三十九円 通信費
五千円 御布施
三万四千三百十円 法事
一万八千九百九十七円 諸雑費
右は原告が直接支出した金額であつて本件事故が発生しなければ支出する必要のなかつたものであり、この金額は原告の身分に相応したもので決して過大な支出ではない。
よつて本訴により被告両名に対し右合計金額四十五万六千六百六円の支払を求める旨陳述した。(立証省略)
被告訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁として原告主張の請求原因事実中、第一項は認める、第二項、第三項中訴外栄が被告林の運転する自動三輪車の事故により原告主張の如き日時場所において死亡した事実は認めるがその余の部分は否認する、本件事故は被告会社の事業執行につき起つたものではない。第四、五項は否認するとのべ、抗弁として、仮に被告林について過失が存在したとしても、本件事故は被告林と訴外栄等が若年のため限度を失つて多量に飲酒した結果発生したものであつて、しかも本件自動三輪車を運転して名古屋市え酒を飲みに行くべく誘つたのは訴外栄自身なのであり訴外栄にも本件事故の発生につき過失があつたものであるから、過失相殺を主張するとのべた。(立証省略)
理由
訴外福井栄が被告林鐘が運転する自動三輪車に同乗し、原告主張の如き日時場所において運転事故のため死亡した事実は当事者に争がない。
一、先ず右死亡につき被告林鐘の過失の有無を判断する。
成立に争いのない甲第一乃至第四号証、同じく乙第一乃至第三号証に、証人青山丈吉、被告林鐘本人の各供述を綜合すれば、右事故は、被告林鐘が高度の酩酊状態にあるに拘らず敢て、訴外栄を自動三輪車を運転したため、運転を誤つて右自動三輪車の左側後輪を歩道上に乗り上げ車体を歩道上の障害物に激突せしめ、そのため補助席に同乗中の訴外福井栄をして道路に転落させ、頭蓋底骨折によつて死亡するに至らしめたものであることが認められる。
右事実によれば、訴外福井栄の死亡は、自動三輪車の運転手たる被告の過失に基くことは明である。
二、次に被告会社の責任の有無について判断する。
前記採用に係る各証拠に、更に被告会社代表者本人の供述を綜合すれば、被告林鐘が本件事故発生当時、前記運転に従事しているのは、被告林鐘と訴外福井栄及び被告会社の従業員たる訴外大畑正治、同青山丈吉等合計四名が相談の上名古屋市内において飲酒することとなりそのため被告林が被告会社に無断で他の三名を同乗させ運転していたものであつて、被告会社の事業の執行に従事していたものではなく右四名の私用のためであることが明らかである。それ故、たとえ被告林鐘が運転した前記自動三輪車が被告会社の所有であり、被告林鐘が被告会社の運転手であるにしても、被告会社が民法第七一五条によつて、訴外福井栄の死亡につき責を負うものとは看做し得ない。原告は本件事故については、被告会社が民法第七百十五条の立法精神に照し責を負うべき特別の事情が存在する旨主張するが、原告が請求原因第四項後段に主張する如き事実が存在したと仮定しても、右の如き特別の事情ありと看做すわけには行かないし、その他かかる特別の事情を認めるに足りる証拠は存在しない。
三、損害賠償額の範囲について
原告本人訊問の結果によれば、原告主張の請求原因第五項(イ)記載の事実(但し慰藉料の金額の点をのぞく)が認められるが、この事実に更に被告林鐘本人訊問の結果認められる同被告の経済状態に関する事実(本件事故発生当時の収入が一ヶ月一万五千円で現在は他に勤めその収入は一ヶ月一万円前後であり、家計は父、妹、弟、被告夫婦の三名共同で営み、弟は在学中で、被告以外には妹が一ヶ月七千円の収入があり、他に財産はない)を綜合して判断すれば、本件事故により原告の蒙つた精神的苦痛の慰藉としては金拾万円を相当とする。
次に、原告本人の供述により真正に成立したと認められる乙第五号証によれば本件事故によつて原告が蒙つた財産上の損害は原告主張の請求原因第五項(ロ)記載の如く金拾五万六千六百六円であることが認められる。
以上合計すれば、原告が本件事故によつて蒙つた精神上財産上の損害は金二十五万六千六百六円である。
四、被告主張の過失相殺の抗弁について
前記二に採用した各証拠によれば、本件事故発生に至るまでの事情は次の通りである。被告会社の従業員である青山丈告、大畑正治及び被告林鐘等の三名は事故当日の午後六時半頃、被告会社における勤務を終え、その事務室において雑談し、ビール等を飲食していたが、そこへ訴外福井栄が来つて之に加わり、飲食雑談を共にする内に、右四名で名古屋方面の飲酒店で飲酒しようとの話が起きたが、訴外福井栄以外の三名は手持の金がないので、訴外福井栄がその取引上の債務者たる飲酒店で飲酒できるように世話をするということとなり、他の三名も訴外福井に飲酒場所の斡旋とその代金の支払方法(被告等三名は訴外福井が代金支払の点についても自分等に負担の掛らぬように処理してくれるものと予想していた)を一任することとして被告林鐘が運転して他の三名は同乗の上、名古屋方面に出掛け、訴外福井栄が案内により二個所の飲食店において数時間にわたり四名共に飲酒し、福井栄も強度に酩酊の上、福井栄の指示する第三番目の店に向つて運行中に、本件事故が発生したものである。従つて被告林が強度の酩酊状態に陥つたについては同被告の自由意志もさることながら、訴外福井栄の勧奨も大きな原因をなして居るものと認められ、且又訴外福井は被告林がかかる強度の酩酊状態下にあることは共に飲酒していた数時間の中にその挙動により充分認識していたし、且かかる酩酊状態下の同被告が運転する自動三輪車の補助席に同乗することが自己の身体生命にとつて非常に危険であることを充分認識していたものであつて、唯自分自身も強度に酩酊していたために敢てこの危険を冒したものと認められるのである。又訴外福井は自らがこのような強度の酩酊状態下になかつたならば、同人が前記四名グループの案内役であつたのであるから、被告林鐘に対し、危険な運転を予防するため忠告を与えることができたであろうし、且又本件事故に直面した際にも自身の被害を防ぐ突嗟に適切な手段を採り得たであろうことが当然推測されるのである。
以上の事情より判断すれば、訴外福井栄の死亡については、同人自身につき相当大きな過失が存在したものと云わねばならず、この過失は、被告林鐘の損害賠償額を算定するに当り、その額を五分の一に減額せしめる程度のものとして、斟酌すべきである。
五、以上の次第で、被告林鐘は、原告に対し、原告の損害額たる金二十五万六千六百六円の五分の一たる金五万千三百二十一円二十銭を支払うべき義務がある。
よつて、原告の被告両名に対する請求中右の部分に限り正当として認容し、その余の部分及び被告会社に対する請求は失当として棄却することとし、民事訴訟法第九二条本文第一九六条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 植村秀三)